JSFG2008
〜能登半島大会〜

集合&解散:ホテルのときんぷら

〜能登へ出発〜

 レインウエア無しで雨の中を釣り続けたり、投げ釣りにいたっては二日目の競技が中止になったりと 天候に恵まれなかった昨年とは打って変わり、今年は天候に恵まれた。 今年の能登行メンバーは成城から奏さん&ヒロキ、海洋からおにかさごさん、立教から藤田、佐藤、私だった。

 当然車中はネタパーティーだった。 鉄板ネタの「星を〜」に始まり、「だーれだ?」、「秩序の無い現代に裏拳!!」などなど、くだらないこと極まりないネタで全く眠るヒマが無かったくらいだった。 埼玉、群馬、長野、新潟を経由し、はるばるたどり着いた富山県で「ソースカツ丼」が食えなかったのは残念だった。

 そして、能登半島に入ってからがけっこう遠かった。


イカの墨跡 ちょっとしたポイントにしか見えないのだが堤防上に散見された  ようやくたどり着いた「ホテルのときんぷら」近くの漁港でみんなでエギを投げる。 エギが苦手ですることの無い私は愛用のヒシャクを持ってうろうろ。 (このヒシャクが後に悲しいことになることはこのときはまだ夢想だにしなかった…) 子イカがエギを追って来る場面を目撃したり、地元の人がアオリイカをビニール袋に入れて持ち帰る姿に遭遇したりと、 釣れそうな気配は十二分にあったのだが、結局誰にもヒットせず。 私は漁港内に係留されている漁船の陰に大型クロダイが多数潜んでいるのを発見し、一人で興奮していた。

 その後、開会式会場となる「ホテルのときんぷら」体育館に移動した。 会場の様子がどこと無く卒業式っぽかったので(一体どこを卒業するんだろう、という疑問は残るが…)、 みんな「楽しかった、電車結びー!!」や「ケミホタルの光、斉唱」などとまたしてもトップギアでネタに走っていた。 開会式中はヒマなので黙想しつつ翌日と翌々日に控えた釣りのことを考えていた。 なんでも、能登半島はクロダイがどこでも釣れるらしい、メジナよりもクロダイの方が大型が出やすいとのことである。 となったらクロダイを狙うしかないではないか。 しかし、クロダイはメジナに比べて底付近、深めのタナを狙わねばならない。 それはエサ盗りの多い秋にはけっこう難しいことなのだ。

漁船の陰に40cmくらいのクロダイがゆらゆら

 などと一人で考えをめぐらせているうちに開会式が終わり特別イベント「珠洲デカ曳き山」へ突入!! 


〜珠洲デカ曳き山〜

 これは地元能登半島に伝わるお祭りで砂浜で巨大な山車をみんなで引くというものなのだが、 どういうわけか50年前に中止になってしまいそれ以来復活が望まれていたのだそうだ。

 そして、このたび我々JSFG参加の学生たちがその復活のお手伝いをしようということに相成ったというわけだ。 私は法被を着て何故か最前列で綱を引っ張った。

法被まで着て、準備完了。 …しかしっ!!

とにかく巨大な「デカ曳き山」 こんなの曳けるのかなあ…

 「デカ曳き山」を前にしての感想はとにかくでけーということだった。 名前の通り本当にでかいのである。何でこんなにでかいのだろう。 このドデカい山車で砂浜を練り歩くことにより、海に対して何かメッセージを発信するような意味合いがあるのかもしれない、 などと急に文化人類学者のような(?)思考に陥ってしまった。 そしてコイツがおいらのほうに倒れてきたらひとたまりも無いだろうな、と若干の恐怖を感じた。

 山車に乗っている「無理やりやらされてる」感の濃厚な子どもたちのマイクを通した上でもかなり控えめな掛け声に合わせ、 みんなで力を入れて引っ張っていると修瑛や康太たちが引いていた隣の細いロープが突如ブレイク!!  あとで聞いた話によると、中大佐藤さんが転んだおばちゃんの下敷きになり、危ないところだったらしい。 きっと「電車結び」だったのでしょう(*違います)、やっぱ「ビミニツイスト」じゃないとだめだね(*だから違う)、 あとやっぱバーブレスじゃないとだめだね(*謎)、 などとみんなでネタにし合っていた。 その後、補修作業が行われ、綱引きならぬ「山車曳き」再開。


…が、しかーし!!

民謡のようなものをうたって山車を曳く人々を鼓舞する子どもたち。だが、若干無理やり感があり声が小さい。  この「デカ曳き山」、デカすぎてちっとも動かないのだ。 普通、こういう山車は重そうに見えてもみんなで力を入れればちゃんと動くものなのだが(少なくとも私はそう認識している)、 どういうわけかコイツは最初ピクリともしなかった。 やはり砂浜の上という特殊な場所で山車を曳いていることに原因があるようだった。

 そして、地元の人が車輪の下に板を入れて動きやすくしたらしたで急激に動き出してしまい、 危うく山車に轢かれるところだった。 朝日新聞が取材に来てたから轢かれてたらきっと日本を代表するクオリティペーパー朝日新聞の石川版に載っていたに違いない。 「東京の学生、山車の下敷きに」みたいな。 そして目標地点までは何とか引いて行く予定だったのだが途中で山車の車輪のシャフトが折れ、 THE END。 このときも目の前でシャフトがボキっと逝く様子が見え、本日数度目の生命の危機を感じたが、辛うじて倒れてくるようなことは無かった。 このお祭り、50年間行われることがなかった理由がなんとなくわかった気がした。

 その後、「コールオヤジ」にお酒をもらったりして地元の人と交流し、再びのときんぷらへ。


〜前夜祭&因縁のじゃんけん〜

 次は前夜祭だ。

 普段食うものを食っていない私はカレーや寿司を「BX喰い」していた。 やがて各校自己紹介も終わり、じゃんけん大会に突入。 私にとっては因縁となるじゃんけん大会である。 私は昨年のJSFGじゃんけんの部(*そんなものはありません)で一つも景品がもらえないという惨敗に次ぐ惨敗を遂げたのだった。

 今年こそは、…勝たねばなるまい。

 そう思っていた私は、子どもの頃同じくじゃんけん大会で正月用の巨大な凧(たこ)をもらったときの事を思い出した。 あの時はじゃんけんをしていた人の手の出し方に規則性があり、それを読んで凧をゲットしたのだった。 (昔のほうがアタマ良かったのかもしれん…) きっとじゃんけんをする委員長はじゃんけんの手を規則的に出してくるはずだ。 それを読めば…  しかし、読もうと思っても酔った頭ではなかなか読めるものではない。 当然緒戦は昨年同様惨敗に次ぐ惨敗、今年もオレは魚は釣れない、じゃんけんは勝てないで練馬に帰るのか、 そんなことを思っていたら、商品が急激に豪華になった。 バッカン、そしてがまかつの高そうなロッドケースである。

 バッカンのじゃんけんをしているときに、脳中に光線が閃いた。

 じゃんけんをしていた大会委員長の手の出し方に規則性を見つけたのだ。 それは、ずばり言ってしまうと、委員長が前に出した手を次に出せば勝てるというものだった。 例えば、まずグーをだしてチョキを出した委員長に勝ったとする。 その次は自分がチョキを出せばいいのだ。委員長はパーを出してくる。 バッカンのじゃんけんで決勝まで進んだ。これは、もしかしたらもしかしたら、と思っていたのだが、 決勝では残った人々と直接対決なのでせっかく読んだ規則性が意味を成さず、当然もともとじゃんけんには激弱なので決勝敗退。 気を取り直してじゃんけんの部の優勝賞品(*もう、じゃんけんの部あるってことでいいじゃん? このページではあるってことにしようぜ) がまかつの赤くてデカいロッドケース(*絶対高い。自分では買えない。)が登場。 じゃんけんの部、ラストの賞品である。

 …これは獲るしかあるまい。

 とりあえず一回目のじゃんけんに勝ち、それ以降は規則性で順調に勝ち進んでいく。 すると、私含めて残り四人になったとき、他の人たちもこの規則性を読んでいるということに気がついたのだ。 何回かアイコが続いた。おそらく委員長のほうも読まれていることに気づいたに違いない。 このままではじゃんけんは終わらない。規則性にそむく手を出してくるはずだった。 私は思い切って適当な手を選んで出した。  …気がつくと私は一人勝ちをしていた。「田沢さん、キレてるよー」という謎の声が掛かり、 ロッドケースを受け取った。荷物増やしてすんません。いやー、でもうれしかった。

じゃんけんの部、覇者 優勝賞品授与

 その後、エギ&フカセ部門以外の参加者はそれぞれの宿舎へ。

 私は露天風呂で体を休め、前夜祭からくすねてきた酒を飲み明日に備えた。


〜各競技のページへ〜

フカセ釣りの部

投げ釣りの部

エギングの部


〜大会終了「ケミホタールのー、ひーかぁーりー♪」〜

 こうして二日間にわたる激戦が終わり、我々は帰路に着いた。

 しかし、ここで減速しないのが今年の我々なのだ。 一旦加速したらもうブレーキは踏まない主義なのだ。

地方都市特有の極めて怪しいゲーセンでイニシャルDをやった 私もかなり「エッジ」を攻めたが及ばなかった…  能登半島を後にし、一行は氷見市の回転寿司へ。 なにやら怪しげな雰囲気の漂う回転寿司屋で入るのをちょっと躊躇ってしまったほどだったが我々の不安が杞憂であったことをすぐに知ることになった。 けっこううまいのである。さすが氷見。天下の富山湾だ。二千円分ほどBX喰いをし、満腹になったところで次は風呂を探す。 往路で見つけた「ハダカ天国」という名称の、これまた地方都市特有の「怪しさ」を持った公衆浴場で入浴。 期待していたわけではないが、内部はいたって普通である。 疲れを癒し、今度に備える。ここで康太が「元巨人軍の投手の知り合い」に絡まれるなど小事件が発生したが気にせず引き続き隣のゲーセンに乱入。

 ここもまた、ユーフォーキャッチャーの商品がどれも18禁というかなり怪しげなゲーセンだった。 まあ、いくら怪しいからと言って獲って食われるわけではあるまい。 気にせずイニシャルDや怪しいじゃんけんゲームに興じる。 イニシャルDはかなりおもしろかった。久しぶりに腹筋が痛くなった。ここで加速!!(笑)

 その後、次の目的地新潟県の柏崎へ向かう。 ここは私の地元最南端というべきポイントである柏崎港があり、JSFG終了後のお楽しみプログラムとして釣行が企画されていたのだ。 途中、先に帰っていた中大佐藤さんからTELが…、いきなり「星を見に行かないか?」ときたのでてっきり北の××様かと思ってしまった(謎)。 もう群馬県辺りまで行ってるらしかった。 まあ、急ぐことは無い、我々はネタでは暴走しても道路はのんびり安全運転なのだ。


ワカシ 日本海クロダイとの再会はついに果たせず…柏崎到着。

 夜間はヒロキとサービスエリアで主に高度な政治的判断によってここには書けないような問題について話し合っていた。 私はいつもの釣具屋でヒシャクと配合エサを購入。 殉職してしまったデュエルのヒシャクの代わりにマルキユーのヒシャクを購入。 千円ちょっとだったがモノはそんなに悪くなさそうである。 テトラでウキ釣りをすることにした。 そもそも道具はこれしか持ってきていないので選択の余地は無い。

 運転で疲れていた奏さんと調子悪めの修瑛は車中で寝ていた。 ヒロキとおにかさごさんと堤防へ繰り出したが、もうすでに…「テメー今頃来て」な感じだった。 けっこうワカシが釣れていた。 おにかさごさんはキスをちょいちょい釣っていた。 私は何も釣れないばかりか、秘密兵器のコーンまで破られる始末。 康太はずっとエギをしゃくり続けていた。 結局最後の最後でオキアミに狂ったように飛びついてきたワカシを釣って終了。 帰京となった。


テキスト……田沢


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